『ダイナミック・ケーパビリティ』という言葉があります。
変革を成し遂げる行動力とでもいうのでしょうか。
今は、時代を乗り切るためには、まさに「知識で論理を語るより、失敗しながら、未知の事柄を探りながら、解決の知恵を身に着ける」ことが大切なのでは
ないでしょうか? それなら、数多くの失敗と成功を繰り返してきた私にもお伝えできることがたくさんあるのです。
今回、ナレッジ・イノベーション研究所の、リスキリングプロジェクトリーダーをお引き受けしたのも、これまで自分が過ごしてきた3つの時代に、顧客とともに
行動し、支援してきた事柄が、まさに『ダイナミック・ケーパビリティ』の行使 そのものだったと信じているからです。
私、岩島光太郎のプロフィール
ここで簡単に経歴を述べておきます。早稲田大学第一政経学部を卒業後
住友3Mに入社。以後10年勤務の後、コンサルティング会社に4年勤務し、
独立。以後30年日本企業に対し、新規事業支援と企業内教育を主とする
支援活度をしてきました。支援先は中小企業から大企業まで多岐に亘ります。
住友3M社では、ソリューション営業と新商品開発マネージャーの2職種を経験しました。
入社年目に、N証券教育部長にローソク足の説明に、今のOHPの拡大率を更に上げられないだろうかとの相談を受けました。特許部とも相談し、拡大期の模型を作り上げ、米国本社に予算を申請しましたら、OKが出ました。もちろんいいものが出来たら、即購入の約束も取り付けてありました。
開発の面白さの虜になった私は、社外スカウトの仕組みを使って、磁気製品部のプロダクトマネージャーとなり、カセットテープのクレーム処理から始まる、技術部との調整と顧客回りに没頭しました。
仕事が面白い、チャレンジして失敗しても怒られない!
開発したいテーマがあれば、手を挙げてビジネスチームを立ち上げられる!
新卒で入社し、こんな会社があるのか!
まさに個人の創造の自由と組織の強みの2つを併せ持った会社の経験でした。
合弁会社でしたから、米国人の自由尊重姿勢と、日本人の組織観の違いに戸惑うことが多かったことも事実でした。しかし、未来を信じて野性を放ったあの時代の仕事の面白さと、今も大切にすべき「規律厳しく投資を回収する」勝つ原則を、今のデジタル時代にも通じるスキルとして伝えられたらと思います。
2.経営コンサルタントとして企業と伴走してきました。
新事業開発プロジェクトのご支援と社内企業家教育がメインです。
独立当初は全く無名の私は、支援いただいた数名の経営者のおかげで食いつなぐスタートでした。素晴らしい方々でした。
幸い前職の実績おかげで、営業社員と共に企画を練り上げながら、フィールド実践するプロジェクトで、成果を出す研修を多くおこないました。
いつも泥臭く顧客の現場を歩くうちに、経験も数多く積み、次のステージに進みました。大手企業の新規事業部長に直接アプローチし、新事業開発コンサルタントの道を歩み始めました。
事例
■金融機関等を通じての独自の設計による「社内企業家教育プロジェクト」
①化学メーカー社内企業家指導プログラムの設計と研修指導
(NDA契約のもと各社ごとに違う仕様設計)
②仏タイヤメーカーコンサルタントと協力の合弁会社経営支援プログラム
③東北6県自治体企画職の地域戦略立案研修
■新規事業プロジェクト支援
①会員制医療クラブ集客への合弁企業設立と運営
②熱伝導新素材用途開発と事業化調査
③通信会社新事業発掘調査
④SFAソフト導入企業への販売員研修
1990年。この頃からいよいよ停滞の30年が始まりました。
大手企業とのイノベーター育成プロジェクトのノウハウも
せっかく身に着けたのに、NDA契約によるもので公開もできません。
また気になっていたイノベーション100年企業3Mの経営戦略について
最新のものについても、もっと学び整備しなければなりませんでした。
ノウハウを整理し終わり、旗を掲げるには10年かかるなと思いました。
今こそべンチャー支援に乗り出すべき時と思い、その時横浜市経済局の産業振興公社が公募していた「上場支援ハンズオン支援プロジェクト」に応募しました。
後に名称を変更した横浜市経営支援財団にて
ベンチャー上場支援プロジェクト・マネージャーを拝命し
中小・中堅企業ハンズオン支援活動に従事。企画力と投資育成業務に優れた、若いサブマネージャーとともに、自治体・投融資機関との総合支援チームを組成し任期内には新興市場に3社を上場しました。
それより記憶に残るのが、任期最後にベンチャーコンテストに駆け込んできたT氏のことです。
プレゼンテーションを本業としてきた私など吹き飛ぶような彼のプランとプランの凄さにタダならぬ才能を感じましたが、彫刻家ロダンのような天才はなかなか受け入れられないなと
感じた私は、彼がコンテスト2位の訳がない理由を選定委員に説得しグランプリ優勝者としました。
その後、まだ自分の鉱脈を見つけられずにいた彼を支えましたが、
今彼を慕って集まった仲間とで、独自の人材獲得と教育システムの開発により、10年で売り上げ1300億円、営業利益135億円、 従業員1300人(2025年8月期) という規模に成長させた、誰もが知る上場企業S社の総帥として活躍しています。
シード期のベンチャー支援はいろいろ行いましたが、彼のような時代を変える確信に満ちた逸材に
出会え、揺籃期の彼を支えられたことは、それは何よりも誇れる幸せなことでした。
このプロジェクト目標が達成できた要因
1.3人のメンバー全員が異なる専門能力を活かしきれたこと。
2.経済局はじめ、各部局市職員の支援を頂いたこと。
3.横浜市・神奈川県・東京都の投融資機関の協力を得たこと。
4.ハンズオン支援施設、セミナーイベント等に市保有施設を
存分に活用できたこと。
5.市内各先輩企業の協力を得、熱気溢れるVBたちに会えたこと。
ここまで述べたことは、住友スリーエム社での業務実績をもとに、経営コンサルティング企業において 企業支援実績を積み、株式会社マネジメントデザインを設立して後の仕事です。。
上に挙げた事例の企業様や自治体様の新規事業プロジェクトの開発運営、社内企業家育成 研修などの多くはマネジメントデザイン社の受託実績です。
今後は、「一社法人ナレッジデザイン」内「イノベーション研究所」プロジェクトリーダーとして、「新事業開発のスキルアップ教育」と「職場での実践構造作り」を、企業イノベーション実現の両輪として設計してまいります。
まずは、蓄積された実戦的ノウハウを、若い方々に役立つスキルアップ・コンテンツとして、ご提供してまいります。ご期待ください。 岩島 光太郎
